脳神経疾患の臨床と研究

運動ニューロン病(MND)における鍼灸治療と中薬治療の組み合わせ

概要

運動ニューロン病は神経内科の難病の一種で、それには脊髄性進行性筋萎縮症、筋萎縮性側索硬化症、進行性延髄麻痺、原発性側索硬化などの病症があります。

臨床症状は障害された運動ニューロンの支配領域の筋肉萎縮と無力で、運動機能障害です。舌筋肉の萎縮と言語困難と嚥下困難がみられ、唾液が多くなり制御しずらくなります。後期には呼吸筋麻痺と栄養障害を起こし衰弱死に至ります。

目下現代医学では本病の病因に対する研究でははっきりせず、確実な治療手段と薬物が見つかっていません。筆者は臨床にて針灸と薬物を共に用いた総合療法治療を本病に対して採用し、臨床症状の改善と生命の質の向上に一定の効果を収めています。

(注)日本では医療事情が少し違うことから内容に一部違いがあります。

基本方法

1.針刺 上肢では肩井・天宗・肩ぐう・曲池・外関・合谷・中渚を取ります。下肢では環跳・髀関・風市・伏兎・委中・陽陵泉・足三里・承山・崑崙・解谿・足臨泣を取ります。球麻痺では風池・翳風・あ門・廉泉・金津・玉液を加えます。痰やよだれが多い場合は中かん・豊隆・陰陵泉・三陰交・内関を加えます。毎日1回、10回を1療程とし、2日間隔を開けて次の一療程を行ないます。(一部省略)

2.艾灸 瘢痕灸を主とします。肺兪・膏肓・命門・関元・気海・足三里を取り、毎回2~3穴選択します。直径約1.5cmの大艾柱を選択した経穴の上で5~7壮、直接灸します。火傷様の水疱が形成され、局部にはガーゼを貼っておき、一週間後には瘢痕が形成されます。毎月2~3回治療します。

3.穴位注射 阿是穴(筋肉萎縮が明確な所)に、ビタミンB1(10mg/2ml)、ビタミンB12(0.5mg/2ml)を各穴に1ml注射します。或いは当帰注射液(2ml/本)、黄耆注射液(10ml/本)を各穴に1ml注射します。隔日に1回行い、二種類の薬物注射を毎週交替して用います。

.中薬 滌痰開竅には導痰湯或いは滌痰湯加減を用います。健脾和胃には香砂六君子湯加減を用います。填精補髓には地黄飲子加減を用います。温陽補腎には腎気丸加減を用います。益気養血には補陽還五湯加減を用います。

5.静脈注射 まず黄耆注射液(10ml/本)60ml/日を用いるか、生脈或いは参脈注射液(10ml/本)20~30ml/日、或いは参附注射液(10ml/本)10~20ml/日を用い、併せて復方丹参注射液(10ml/本)20~30mlなどを用い益気固本活血します。毎日1回行ないます。

 以上の総合応用治療の方法を用い、1ヶ月を1療程とします。病状に依りますが一般的な治療では1~3療程行ないます。

臨床理解

1.病気の過程が短いほど、効果が見えるのが早く、長いほど治療効果に違いが出ます。

2.病変が単一の肢体或いは経絡を損傷しているだけの場合は、1~2療程の治療で治療効果が現れ、治療を続けることで治癒も可能で、異常な筋電図も正常に回復してゆきます。

3.病変が臓腑に及んでしまっている場合は2~3療程の治療後に病状が緩やかになるか症状の部分的な改善が見られ生活の質の向上になります。

討論

1.病因病機を明確にし、弁病と弁証を結合する
 病院で治療をした病例中の発病年齢は中年以後で、男性の多くは40~60歳の間で、女性は閉経後でした。≪素問・上古天真論≫には、“女子七七任脈虚、太衝脈衰少、天癸竭……男子五八腎気衰、発堕歯槁、七八肝気衰、筋不能動、天癸竭、精少、腎臓衰、形体皆極。”すなわち、腎の精気虧損がこの病の本質です。
 現代医学での認識は、本病の主要な損傷は脳と脊髄、すなわち延髄および上下運動ニューロンにあるとされます。中医学での認識は、腎は骨を主り髓を生み、脳は髓の海で、腎精虧損は必ず脳髄空虚に至ります。精気虧損により気血の化生が起こらず筋肉萎縮や肢体の軟弱無力が気血不足の虚現象として現れます。同時に筋肉の顫動が見られ、肢体の活動に融通が利かなくなります。また併せてもしくは或いは、嚥下・言語困難がみられ、痰や唾液多く臭うなどの症状も見られます。証分析をすると陰血虧虚、内風擾動、筋骨失養、痰熱内盛、経絡阻滞の実証です。これから、本病の病位は腎・脾・肝および三臓に関係する経絡におよび、まさに≪素問・痿証≫に書かれている“肝主身之筋膜、脾主身之肌肉、腎主身之骨髓”を表しています。三臓が損傷し或いは邪気が侵襲することで、“筋痿”、“肉痿”、“骨痿”が生じます。本病の病機を追求してゆくと腎精虧損、気血不足、痰瘀阻絡があり、併せて“三痿”が見られます。

2.分期論治をし、針灸と薬物を結合して用いる
 運動ニューロン病の予後は悪く、進行の早い場合で1~3年で死亡、緩慢な場合で5~10年で衰弱して死亡します。臨床上では病状の程度によって5段階に分けられ、病状の重篤さと級数は正の相関があり、患者は出来る限り早期に正しい診断を受け中医総合治療を受けることが極めて重要です。
 患者は治療を受けた後、上下肢筋肉の萎縮と無力感・嚥下困難・痰唾液が多いなどの症状の改善が明確で、針灸の作用に直接関係が見られます。肩井・天宗・肩ぐう・曲池・外関・合谷・中渚・環跳・髀関・風市・伏兎・委中・陽陵泉・足三里・承山・崑崙・解谿・足臨泣など手足の三陽経経穴を主とし、夾脊穴を補助として疏通経絡、調理気血、滋養肌肉を行ないます。風池・翳風・あ門・廉泉・金津・玉液・中カン・豊隆・陰陵泉・三陰交・内関・督脈穴或いは夾脊穴・任脈の気海・関元・五臓背兪穴など足の三陰経を主とし、五臓の背兪穴と任督脈の経穴をもって補助することで、鼓動五臓元気・激発経気・填精補髓壮骨・去除病邪します。
 早期の段階では単一、単一の肢体・単側の肢体のみで、或いは嚥下・言語困難だけの場合は、経絡病変を主とし、臓腑の気はまだ大きく衰弱は見られません。治療原則は調理脾胃、疏通経絡、滌痰化瘀去邪を主とし、針刺と中薬煎服と穴位注射をあわせ総合治療を採用することで、症状は軽減と改善が見られ、病状は好転と安定に向かいます。中期の病状は重くなり、損傷範囲は拡大し、後期では呼吸麻痺を合併します。これらは臓腑病変を主とし、病勢は浅い所から深くなり、臓腑の気は衰弱し、病状は比較的複雑になります。治療原則は填精補髓、培補肝腎、化痰熄風、開竅補虚を主とし、針刺・艾灸・穴位注射・中薬煎服と中薬静脈注射の総合治療を採用することで、病状を安定させ、或いは病状の進行を緩やかにし、延命することができます。

原文
針灸配合中薬治療運動神経元疾病 王竹行

この論文は、『当代針灸臨床治験精粋』(王玲玲、王啓才主編、2007)という本の中に出てきます。鍼灸と漢方薬と現代医学を組み合わせて治療にあたっているようです。

日本では、保険制度の問題でこのような治療をすることは難しいのかもしれませんが、治療方法の一つとして有意義な論文であると思います。しかし、運動ニューロン病や筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの治療には、やはり鍼灸治療が第一選択であると、私自身は臨床を通じて感じています。特に発症から時間が経っていない場合には、本文にもある通り治療効果が早く発現するので、治療に取り組みやすくもなると思います。

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