脳神経疾患の臨床と研究

筋萎縮性側索硬化症(ALS)の針刺治療

概要

筋萎縮性側索硬化症は脊髄の退行性病変で、その病気の原因は明確ではありません。多くは中年で罹患します。その臨床症状は筋肉の進行性萎縮で、酷い脱力を伴います。延髄にまで及んだ場合には構音及び嚥下障害に進展し、声のかすれ、嚥下困難、舌筋萎縮などの症状が見られます。

その臨床症状は中医の痿証の範疇に属し、肝腎虧虚、精髓不充により至ります。現在有効な治療方法はありません。

ここでは、針刺治療20例を取り上げ、現時点での分析を以下に紹介します。

(注1):現在日本では本病にして薬物療法やリハビリ療法が行なわれています。
(注2):本論文の作成年がはっきりませんが、恐らく1970年代後半から1980年代前半に書かれた物と推定されます。

一般情報

入院:8例、外来:12例
性別:男15例、女5例
年齢:30~40歳7例、41~50歳9例、50歳以上4例
治療期間:三ヶ月を一療程とし、最短一療程、最長四療程。

治療方法

治則:滋補肝腎、填精益髓

処方:
主穴:風府、華佗夾脊
構音障害:廉泉、翳風

操作:省略

治療頻度:毎日1~2回

治療効果評価

治療効果評価
(一)治療効果判断基準
 1、臨床治癒:萎縮筋肉が正常に回復。
 2、顕効:症状は明確に好転、肢体は有力、部分的に萎縮筋肉は回復。
 3、好転:症状好転、病情は再進展しない。
 4、無効:病情の変化無し。

(二)治療効果分析
 顕効:12例60%
 好転:5例25%
 無効:3例15%
 総有効率:85%

典型症例紹介

梁×× 男 44歳 設計士 初診日時:1974年10月7日

主訴:
嚥下困難、飲食時にむせる、声のかすれ 三年

病歴:
患者は三年前から手足の無力感があり、行動困難、母小指球及び四肢筋肉に進行性の萎縮、めまい耳鳴り、物忘れがみられ、次第に嚥下困難、飲食時のむせ、声のかすれに至った。以前は××医院で、「中風」と考えられ治療を受けていたが、後に天津中医学院附属医院脳系科によって筋萎縮性側索硬化症--延髄麻痺を診断された。中西薬物(漢方薬と現代医学薬物)を服用したが病情は好転せず次第に重くなったため、針灸科に診察に来た。

検査:
体格は痩せ型、精神的には元気が無い、顔面につやが無い、舌筋萎縮により地図様を呈しており、舌筋震顫を伴う、口蓋垂右方偏位、咽頭反射遅延、両手母小指球は明確に萎縮、握力低下、腱反射亢進、ホフマン反射陽性。体重49KG。

診断:
現代医学:筋萎縮性側索硬化症--延髄麻痺。
中医学:痿証。

治療経過:
上記の方法によって、毎日一回治療。一療程(ここでは三ヶ月治療)後では舌筋萎縮及び震顫の好転あり、肢体は治療前よりも有力になった。嚥下も好転し飲食時に稀にむせる事がある。萎縮筋肉には明確な回復は見られなかった。継続して更に一療程治療したことにより、舌筋は回復し、震顫も見られなくなった。声のかすれも明確に好転し、思ったように行動できるようになった。萎縮筋肉は部分的に回復が見られ、体重は8KG増加した。針刺治療によって症状は抑制された。その後、治療効果を強固にするために断続的に一療程治療を続けた。治療効果は顕効。追跡調査によると、今でも治療効果は維持しており、症状の再進展は見られていない。

考察

本病は現在、根治に至る特別な治療方法はありません。私達は中医弁証によって、本法の治療を採用し、比較的満足な効果を上げています。しかし、症状の緩解が達成できるだけです。また、ある病例では病情の進展がとても早く、臨床では制御が非常に難しいため、更に一歩進んで検討する必要があります。病例は比較的少ないため、ここでは治療方法の紹介を主とします。治療の参考にして下さい。


原文:
天津中医学院第一附属病院
論文集 上冊

留学中に数症例、帰国後数十症例、本病の治療にあたりました。ここで取り上げられている症例は比較的良い経過を取ったものではあると思いますが、実際に自力で歩行できずに来院し治療を始めた患者さんが自力歩行が出来るようになって、退院していったという話は私が研修をしていた病院で良く聞かれた話でした。私自身もその経験があります。

また、この論文中にもある通りに非常に少ない疾患で、針刺治療がどの程度有効か、という研究が進んでいないのが現状のようです。

しかし、本病から起こる動きずらさや、力がうまく入らない、飲食時のむせなどに対して、針刺治療は臨床的に有効です。現在、保険適応がある薬を使いながら針刺治療を併用することで本病の進行を抑制できる可能性は低くは無いと感じていますが、それを裏付けるデータ類はありません。今後の研究が待たれます。

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