脳神経疾患の臨床と研究

中風(脳梗塞・脳出血)急性期の弁証治療と臨床研究

診断と弁証

1.診断
(1)中医診断
中華全国中医学会内科学会1986年泰安会議で制定された『中風病中医診断標準』に沿って診断します。

1)主証:半身不随、口や顏の動きが左右非対称、意識がもうろうとしている、舌がうまく動かずにどもる、または話せない、半身の感覚が痺れたり無かったりする。
2)急に病気が起こる。
3)発病にはいくつかの誘発原因がある、発病前にもよく前兆症状がある。
4)好発年齢は40歳以上。

主証で二項目以上当てはまり、急に発病し、病程が二週間以内(中臓腑で最長一ヶ月以内)であり、併せて舌、脈、誘発原因、前兆、年齢などを特徴を考慮して中風病急性期と診断します。

(2)現代医学診断
1986年中華医学会第二回全国脳血管病学術会議第三回修訂の『各類脳血管疾病診断要点』に沿い、CTやMRIの結果から診断します。
(注)これは中国での診断基準ですが、日本では文部省研究班が米国NIH委員会の報告に準じて脳卒中の診断基準を発表しています。国内外で最も多く使われているのは米国で1990年に発表されたCVD-Ⅲです。(日本医師会編『脳血管障害の臨床』より引用)

2.弁証
中風病の急性期における弁証は、まず病(やまい)の深浅、軽重をはっきりさせます。中医学では病がその絡に在るか、経に在るか、腑に在るか、臓に在るかで病位の深浅と病情の軽重を判断します。またそれは中風病の分類方法にもなっており、さらに中風病の転帰や予後を判断することにもなります。

中絡:半身または一側の手足に痺れや感覚異常、或いは半身の無力を伴う、或いは顔面半分の動きがおかしい、半身麻痺は顕著では無い。
中経:半身不随、顔面麻痺、どもりや話せない、半身感覚障害が主証となり、意識もうろうとしたりはしない。
中腑:半身不随、顔面麻痺、どもりや話せない、半身感覚障害、意識がもうろうとする、が主証となる。
中臓:意識の昏迷、半身不随、顔面麻痺、どもりや話せない。

臨床上では意識の状態によって中経絡と中臓腑を分けます。中経絡は意識障害が無く、病は比較的浅いです。中臓腑は必ず意識障害が見られ病は比較的深く重いです。中腑における意識障害は、もうろうとする、すぐに眠ろうとする、または眠ってしまう、神志障害は比較的軽いです。しかし、中臓では昏迷状態で神志障害は比較的重いです。これら以外には、絡、経、腑、臓に見られる動態変化は病勢の順逆や予後に反映します。絡、経、腑、臓と病情が変化する場合は逆と言い、予後は悪いです。臓、腑、経、絡と変化する場合は順と言い、予後は良いです。

中風急性期に常見される証型には以下のものがあります。

(1)中経絡
1)肝陽暴亢、風火上擾
病因病機:本証の多くは憂思鬱悶、情志不舒から肝気鬱結化火する、耗血傷陰、肝失所養から肝陽上亢するものによります。或いは暴怒憤慨、肝陽亢張、過極化火、風陽内動、気血逆乱、併走于上などから竅閉神匿に至り中風を発病します。
証候特徴:半身不随、半面顔面麻痺、どもり或いは話せない、半身感覚障害、めまい頭痛、面紅目赤、口が苦く乾く、イライラし不安、大便乾燥、尿の色が濃い、舌質紅或いは紅絳、脈弦有力。

2)痰熱腑実、風痰上憂
病因病機:肝陽亢盛、或いは素体熱盛で更に平素飲食不節や嗜酒過度から中焦運化失司、気機昇降失常に陥り、湿聚成痰、痰憂从陽化熱や濁陰不降し腑実となり陽化風動夾痰上憂、蒙閉清竅し中風を発病します。
証候特徴:半身不随、半面顔面麻痺、どもり或いは話せない、半身感覚障害、腹が張り大便が乾燥し便秘、めまい、痰が多い、舌質暗紅苔黄或いは黄膩、脈弦滑或いは片麻痺側弦滑大。

3)陰虚風動
病因病機:酒色房労過度、或いは久病失養、耗傷真陰から肝腎陰虧、肝陽上亢します。更に五志過極、飲食労倦などの誘発原因が付加されると風自内生、風陽上憂神明、竅閉神匿が起こる。
証候特徴:半身不随、半面顔面麻痺、どもり或いは話せない、半身感覚障害、失眠、めまい耳鳴り、のぼせ、舌質紅絳或いは暗紅、少苔或いは無苔、脈細弦或いは弦細数。

(2)中臓腑
1)閉証
病因病機:肝陽暴亢から陽昇風動、血随気逆し併走于上、蒙閉清竅に至る、或いは素体陽盛から風火相煽し痰熱内閉清竅になる、或いは素体陽虚から痰湿偏盛し内風が痰湿陰邪を挟み閉阻清竅し竅閉神匿、神不導気に至る。
証候特徴:突然倒れる、意識がはっきりしな、頭痛、首が硬い、喉から痰が絡む音がする、口が開かない、両手を握っている、大小便が出ない、全身痙攣している。或いは顏が赤くて熱がある、呼吸が荒くて息が臭う、舌苔黄膩、脈弦滑数。或いは、顔面蒼白、唇が暗色、静かに寝ていて動かない、四肢が冷たい、痰やよだれが多い、舌苔白膩、脈沈滑或いは緩。

2)脱証
病因病機:素体が陽虚気弱でオ血や痰濁が上犯清竅し、竅閉神匿、元神散乱、正気虚脱に至る。
証候特徴:突然倒れる、意識がはっきりしない、いびきがあり呼吸が微弱、目を閉じて口を開けている、手を開いて尿を漏らす、、四肢が冷たい、脈細弱或いは沈伏。もし冷や汗が油のようで、顏が赤く化粧しているようで、脈がわずかで今にも無くなりそう、或いは浮大無根であると心陽外越する危険な徴候です。

治療

1.原則
醒脳開竅を主として、滋補肝腎、疎通経絡、回陽固脱を補助とする。

2.方法
主穴:内関、人中、三陰交
補穴:極泉、尺沢、委中
加減:省略
療程:一日二回、二週間を一療程として、一般的には三療程

注意事項

(1)中風急性期に対しては、高熱の出現、意識障害、肺脳総合症、心脳総合症、胃脳総合症(上部消化管出血)などに対して直ちに総合救命を行なう。期を逃しては決していけない。
(2)中風患者の思考、意識、言語、運動、感覚などの障害の程度は一定ではありません。ゆえに臨床では正確な診断と治療以外に詳細な観察や看護が非常に重要です。
1)中経絡の看護:この時期の重点は、片麻痺による運動障害のリハビリを援助する事です。具体的には以下です。
 皮膚の保護、褥瘡の予防:一般的には二時間おきに患者の身体を動かし、併せて局部を紅花酒で按摩します。一日一回患者の体を拭き洗いし皮膚の乾燥を保持します。必要に応じて常に圧迫される部位に枕などをいれます。
 功能鍛錬の補強、関節変形の予防:片麻痺患者に対して動的鍛錬をさせることは全身状態を改善するには不可欠です。併せて麻痺側の運動機能回復を加速させます。これから看護する人は患者の主体動作を励ますと同時に毎日患者の麻痺側の筋肉や関節を按摩し、まず小関節からはじめ、手足指、手首、足首、肘、膝、と順次進めます。幅は少しづつ大きくしてゆきます。各関節運動は少なくとも200回は行ないます。
 飲食管理:飲食は栄養の源です。合理的な配膳は、疾病の治療と健康的な回復に対して密接な関係があります。中風患者の飲食管理の主要な注意点は二方面あります。①舌苔変化に根拠をおく。黄膩苔の病人はよく肺胃に熱があり薄味の飲食がよいです。白膩苔の病人はよく脾胃が冷えて水が滞っているので身体を温めて消化の良いものが良いです。淡白舌では多くは病が長く身体が弱っており気血両虚なので高栄養で消化の良いものを主とします。乾裂舌は病情が悪化する表現で飲食は高エネルギー流動食にし病人の状態を密接に観察する必要があります。飲食が出来ない場合は高エネルギー輸液をします。②病情に根拠をおく。咳に多くの痰を伴う患者には油の少ない物にし脾失運化、聚湿生痰を防ぎます。便秘気味の患者には繊維質の多い野菜や果物を多く取らせます。高血圧や肝火旺盛の患者には油物、甘い物、味の濃い物、辛くて熱い物は禁止で蘊熱生風を防ぎ病状が悪くなる事を防ぎます。
 精神管理:中風患者は往々にして精神情志変化に病情の好転と増悪が重なります。ゆえに看護する人は病人の精神状態に注意し、精神状態と病情が関係する事を説明します。患者を励まし堅強な意志と楽観的な精神状態にするようにすることで早く回復します。
 大便の管理:中風患者は臥床しており食事も少ない事から腸の蠕動運動が緩慢になり便秘が多く起こります。多くの患者が排便時に力を使い過ぎて脳出血を再発する事からも大便の管理は非常に重要です。看護する人は病人に多く水を飲んだりたくさん果物を食べるように勧めたり、必要に応じて腹部を暖めたり、按摩したりします。また病人に便意あっても排泄困難な時はグリセリン浣腸か低圧浣腸を用いて通便を保ちます。
2)中臓腑の看護:中臓腑の患者の多くは、意識の昏迷、大小便失禁があり、胃脳・肺脳・心脳総合症を伴います。この型の看護の重点は病情変化を観察し、その時々の処置を的確に行ないます。具体的な方法は省略します。

臨床研究

 虚血性中風急性期患者を研究対象に“醒脳開竅”針法治療を採用し、併せて伝統針刺法を対照群としました。全国統一診断標準(前出)と国際公認の治療効果評定標準を採用し、中風の針法治療の臨床治療効果に対して臨床観察を進め、併せて血液流変学の角度から中風針法治療のメカニズムを検討します。

1.一般資料
 本組の患者症例は発病から2週間以内の脳梗塞急性期患者で、その内男23人、女17人です。平均年齢は男59.3歳、女58歳、病程は最短0.5時間、最長は14日間、平均6.4日間です。既往症は、高血圧29例、慢性冠動脈供給不足11例、慢性心筋梗塞2例です。

2.治療方法
(1)醒法取穴及び操作(前出)
(2)伝統針刺法取穴及び操作:肩グウ、肩リョウ、曲池、外関、手三里、合谷、足三里、陽陵泉などの陽経穴位を取穴します。捻転提挿平補平瀉を施します。

3.研究方法と治療効果標準
 病人は入院後に醒法治療組と伝統針法対照組に分けられます。針刺治療前及び治療45日後に、神経功能欠損程度評分から治療判定をし、血液流変性指標の検査を行ないます。

(1)治療効果評定:
 治療効果評定は全国第二次脳血管病学術会議制定の臨床治療効果評定標準を参照し、多少の修正をしてあります。主に神経功能欠損程度改善の累計点数と患者の総生活能力状態の二方面からの評定を根拠とします。

1)点数方法:
 意識、水平凝視能力、顔面麻痺、言語、上肢肩関節筋力、握力、下肢筋力及び歩行能力の8方面から評価します。最高45点、最低0点です。

2)患者の総生活能力状態(評定時の後遺症程度)
 0級:自立生活、或いは回復部分で仕事が出来る
 1級:基本的には自立生活、一部分は人の助けが必要
 2級:部分的に自立生活、大部分は人の助けが必要
 3級:自立歩行は可能、但し常に人の助けが必要
 4級:臥床、座位は可能、生活に手助けが必要
 5級:臥床、一部分意識活動がある、介助飲食は可能
 6級:植物状態

(2)治療効果標準
 基本治癒:後遺症の程度は0級。
 顕効:功能欠損評分が21点以上減少、かつ後遺症の程度が1~2級。もし入院時点数が21点以下の場合は累計点数が10点以上減少しているものを顕効。
 有効:功能欠損評分が8点以上減少。
 無効:功能欠損評分が減少或いは8点以下の増加。
 悪化:功能欠損評分が9点以上の増加。

4.研究結果と分析
(1)“醒脳開竅”法治療の前後:
 患者の血液流変学における各項目の指標(全血粘度、血漿粘度、血細胞比容及び血小板聚集率)の繊維蛋白源濃度以外で、どれも明確な改善が見られました。治療前後の各項目指標はどれも顕著と極めて顕著の差異が見られました(P<0.05~0.01)

(2)伝統針刺法治療前後:
 患者の全血低切粘度は改善が見られ、顕著な差異が見られました(P<0.05)。全血高切粘度と血漿粘度も一定の改善傾向が見られましたが統計学的意義はありませんでした。その他の指標は明確な変化は見られませんでした。醒法は急性期患者の血液流変性の改善作用に明確な優位性を伝統針刺組より示しました。

(3)二つの針刺組の治療効果比較:
 下表に示される通り醒脳組病人の基本治癒及び顕効の人数は伝統組より明確に多く、醒脳の治癒率、顕効率と総有効率は、30%、40%及び100%です。伝統組では10%、25%及び90%でした。基本治癒人数及び顕効人数を合わせて顕効率とし、二組の顕効率の差異の統計学的処理は、χ二乗=4.92>3.84(5%のχ二乗は限界値)、P<0.05となり、二組の顕効率には明確な差異が見られます。以上の結果から醒法と伝統刺法のどちらの治療も脳卒中の有効な方法であると言えます。但し、醒法の治療効果はより優れていると言えます。

組分 総例数 基本治癒(%) 顕効(%) 有効(%) 無効(%) χ二乗検験
醒脳組 20  6(30)  8(40) 6(30)  0    P<0.05
伝統組 20  2(10)  5(25) 11(55) 2(10)

上述研究結果より:
 醒法は虚血性脳卒中急性期患者の血液流変の各項目指標(繊維蛋白源は除く)に対して明確な改善作用(P<0.05~0.01)が認められ、且つ伝統針刺組よりも優位でした。伝統針刺組の全血低切粘度は治療前後で一定の改善(P<0.05)が見られます。しかし、醒脳組ほど明確ではなく、他の指標には明確な改善を見ることが出来ません。醒法は急性期患者の血流変の影響に対して以下いくつかの方面に帰納します。

1)全血低切粘度、血液凝集性の改善:
 血沈方程K値や赤血球電気泳動は赤血球の重合性を反映する指標です。血小板の電気泳動及び最大重合率は血小板凝集性の反映する指標です。以上の指標の改善は、血液凝集性の改善を表します。これは血栓形成の防止に対して重要な意義があります。特別なのは血小板凝集作用の改善です。血小板作用の変化によって血栓形成の機序に重要な作用が見られます。それは血栓形成の主要な条件です。ゆえに多くの学者は血小板凝集作用の変化は虚血性中風を発症させる独立素因として研究しています。多くの学者は血小板作用の亢進が発病原因の一つとしています。血液凝集性の改善の機序に関して、恐らく針刺激は赤血球と血小板表面のマイナス電荷を増加或いは消失させ、そのマイナス電荷は不良影響の素因と関係があるようです。

2)血液粘滞性の改善:
 全血粘度と血漿粘度は血液の粘滞性低下に対応しています。血液流動性の抵抗力減少は血流量の増加に重要な意義を持っています。とりわけ高切での全血粘度の低下は微小循環血流の“軸流減少”、“Σ効果”と臨界毛細血管半径の決定要素となります。これらの現象と反応は微小循環の正常重要条件で、臨界毛細血管半径は直接組織の環流量に影響します。ゆえに、赤血球での変形性の増加し、微小循環の状態を改善させます。

3)血液濃密性の改善:
 赤血球の容積比は血液濃密性の主要な指標として反映します。血液粘滞性と凝集性に対して重要な影響を生みます。このため血液濃密性の低下はある条件下で血流状態の改善に反映します。一部説明すると、針刺は血流変化性の影響に対して、凝集性、粘滞性と濃密性の三方面に分けられます。事実上は三者間でお互いに影響し合い、お互いを助け、共同で血流変化に対する諸因子の複雑性と多元性を形成しています。

 上述によって、醒法は急性期患者の血液凝集性、粘滞性と濃密性に改善作用が見られます。血流変化の改善は虚血性中風に対する針刺治療の機序の一つであると認識しています。
 急性期患者に対する醒法治療の治療効果に関して、臨床研究の結果は、醒脳組顕効率(基本治癒を含む)70%であり、伝統組(35%)より明確に優位で、顕著な差異(χ2=4.92、P<0.05)を持っています。しかし、二組の総有効率には明確な差異は見られません。二種の針刺方法は共に中風病の有効な療法であることを説明しています。かつ、醒法は更に有効であると言えます。

 ここで取り上げた論文は、脳血管障害のの急性期に対する治療とその根拠の一つにあたるものです。ここでは、中国における伝統的な針治療と醒脳開竅法という方法を比較して検討しています。今後は、理学療法をはじめとするリハビリとの比較や、併用時の検討などが必要になってゆくでしょう。

 日本では、ほとんど知られていない治療方法ですが、効果が有る事は事実です。日本においても同様の効果が得られるのか、得るためには何が必要なのかといった事を今後検討する必要があるかも知れません。

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