脳神経疾患の臨床と研究

運動ニューロン病(MND)・筋萎縮性側索硬化症(ALS)

運動ニューロン病・筋萎縮性側索硬化症の概要

運動ニューロン病は、一種の病因不明の選択性脊髄前角細胞損害・脳幹運動ニューロン、或いは、錐体路の慢性進行性疾病です。主な症状は、受傷部位の筋肉無力・萎縮と(或いは)錐体路損傷症候です。感覚系統は一般的には損傷されません。臨床上では、脊髄性進行性筋萎縮・進行性延髄麻痺・原発性側索硬化と筋萎縮性側索硬化などの類型があります。

本病の発病原因は不明です。ある報告によると、ある種の植物毒素或いは重金属中毒・慢性ウイルス感染・遺伝・免疫機能異常などの素因が関係する可能性があるとされています。通常は40~50歳に発病し、30歳以前ではあまり見ず、男女比は約2:1です。発病時は症状ははっきりせず、緩慢に進行しますが、稀に亜急性進行が見られます。

臨床所見の主要は筋無力と筋萎縮で、これらから基本的には中医の「痿証」の範疇に属します。但しそれと同時に上位運動ニューロン病変の症状、例えば下肢筋緊張増加・反射亢進などが見られた場合は、「痙証」の病機を兼ねているか考慮する必要があります。

これをもう少し論じると、脊髄前角細胞が損傷した症状が無力感と筋萎縮で錐体路症候が見られない脊髄性進行性筋萎縮と、上下運動ニューロン双方が損傷した症状は筋無力・筋萎縮と錐体路症候が見られる筋萎縮側索硬化があります。延髄運動神経核の単独損傷では症状が咽喉筋と舌筋無力・萎縮の進行性延髄麻痺がありますが嚥下障害の節で述べています。

症状

(1)脊髄性進行性筋萎縮:
常見されるのは、両上肢遠端の筋萎縮・無力から症状が始まります。一側から開始しても、もう一側に発展します。徐々に前腕・上腕と肩部の筋群に波及します。少数の病例では筋萎縮が下肢から開始します。疲労による筋萎縮は明確で、筋緊張力は低下し、筋線維束攣縮が見られ、腱反射は減弱し、病理反射は陰性です。感覚と括約筋機能は一般的には無障害です。本病の進行は比較的緩慢で、病程は10年以上に達することもあります。晩期には全身筋萎縮・無力に発展し、生活は自分では出来なくなり、最後は呼吸筋麻痺或いは肺感染症によって死亡します。少数では早期に延髄支配筋に波及し、1~2年以内に肺感染症を併発し死亡します。

(2)筋萎縮性側索硬化症:
常見されるのは一側或いは両側の手指活動が稚拙になる・無力になる症状から始まります。すぐ後に手部の筋萎縮が出現します。母指球筋・小指球筋・骨間筋・虫様筋は明確で、両手は鷲手を呈します。徐々に前腕・上腕と肩甲帯筋群に波及します。病程が長くなるに従って、筋無力と萎縮は体幹と頚部に至り、最後は顔面筋と咽喉筋に達します。両上肢は筋萎縮し、筋緊張力は高くありませんが、腱反射は亢進し、Hoffmann反射は(+)です。両下肢は痙攣性に麻痺し、筋緊張力は高くなり、腱反射は亢進し、病理反射は陽性になります。下肢筋萎縮と筋線維束攣縮は比較的軽度です。患者は一般的に客観的感覚障害は見らませんが、よく主観的な感覚症状が見られます。例えば麻木感などです。括約筋機能は良好に保持されます。病人の意識は終始しっかり覚醒が保たれます。延髄麻痺は一般的に本病の晩期に発生しますが、少数の病例では初発症状に見られます。舌筋はよく先に障害を受け、症状は舌筋萎縮・震顫と舌を出す力が無力になります。その後、顎・咽・喉・咀嚼筋萎縮や無力が出現し、患者は構音がはっきりせず、嚥下困難、咀嚼無力に至ります。同時に両方の皮質延髄束が損傷される事によって、仮性延髄麻痺を併せ持つことになります。顔面筋の中で口輪筋の障害が最も明確です。外眼筋は一般的には影響を受けません。予後は不良で、多くは3~5年以内に呼吸筋が障害され、呼吸筋麻痺或いは肺感染症によって死亡します。

鑑別

中年期に密かに発病し、次第に進行します。上位あるいは下位運動ニューロン性の運動麻痺あるいは両方から起こるものが主要な臨床所見です。筋肉のピク付きが併せて起こり感覚障害は見られず、一般的には診断は難しくありません。但しこの疾病における早期や非典型の症例では、下記疾病との鑑別に十分注意する必要があります。

(1)頚椎病:
手掌筋萎縮、四肢腱反射亢進、両側の病理反射陽性が見られます。かつ上肢あるいは肩部に疼痛があり、客観的検査で感覚障害が見られ、延髄麻痺の症状は見られません。頚椎X線画像・CTあるいはMRIにおいて頚椎骨質造成・椎間孔狭窄・椎間板変性あるいは脱出が見られ、酷いものは硬膜嚢が圧迫を受けます。

(2)頚椎脊髄腫瘤:
脊髄への圧迫により、上肢の筋萎縮と四肢の腱反射亢進がみられ、両側の病理反射が陽性になります。また神経根性の疼痛と感覚障害がみられます。一般的には筋線維側攣縮によるピク付きはみられません。腰椎穿刺検査により脊柱管閉塞がみられ、脊柱管造影・CT或いはMRIにて脊柱管に占拠性病変(閉鎖腔のある部分を占領する様に発達する腫瘍等を占拠性病変と呼ぶ)が確認できます。

(3)脊髄空洞症:
その臨床所見は不対称性・分節型解離性感覚障害ならびに皮膚関節の栄養障害がみられます。MRI検査により空洞画像を確認することで、確定診断の助けになります。

(4)頚椎脊髄蜘蛛膜炎(癒着性脊髄クモ膜炎):
臨床所見は不対称・分節性感覚障害と反復発作性病態であり脊柱管造影によって梗塞あるいは癒着性所見が見られることで鑑別診断の根拠となります。

(5)上肢末梢神経損傷:
上肢の筋無力と筋萎縮が見られますが、多くは一側性で、感覚障害を併せ持つため鑑別することができます。

鍼灸治療

(1)治則:
滋補肝腎、疏通経脈(肝腎を滋養し補い、経脈をのびやかに通じさせる)。

(2)配方:省略
(3)操作:省略

(4)治療頻度・期間:毎日午前・午後共に針刺治療を一回行なう方法で、午前は肢体の穴位を主にし、午後は華佗夾脊刺を主にします。二ヶ月を一療程とします。

(治療頻度や治療期間は理想的には上記の通りで、頻繁に治療する必要がありますが、現実的には非常に難しいため、週2・3回程度の治療で取り組んでゆくことが多いです。)

治療理論

現在(2006年現在)、本病に対する特効的治療方法は見つかっていません。維持と対症治療が本病の主要な治療方法となります。後期の一部の延髄麻痺に対しては、あらかじめ経鼻胃管によって、栄養供給を保障し、誤嚥性肺炎を予防し、全身状況を改善します。呼吸筋無力の場合は、気管切開を行い、人口補助呼吸を使用します。

慢性病の多くは虚証であり、肝腎の陰血が内耗し、肝は藏血の臓であることから筋を主り、腎は藏精の所であることから骨を主り、肝腎精血が虚損していることで、筋骨経脈が栄養を失い、故に肢体はうまく動かず使えなくなると認識しています。

治療は滋補肝腎・疏通経脈を以って行い、華佗夾脊刺を主要な穴位とし、局所穴位を配合します。華佗夾脊刺は直接脊髄神経根を刺激する事ができ、神経根の代謝を改善し、神経機能の回復を加速させます。諸穴を用いることで、化生気血・補虚益損する事ができ、疏通陽明させ宗筋を落ち着かせ、生精補髓・強筋健骨・疏通経脈の効果を得る事が出来ます。筋肉萎縮が明確な者に対しては、筋肉・筋肉群に対して刺針を行い、局部の経気運行を改善させるので、筋肉栄養を増加させ、筋肉萎縮の回復を促進させる事が出来ます。長期治療を行なうことで、比較的満足な治療効果を得ることが出来ます。

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